「生きる力」の強い子を育てる

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子育ての正解

「生きる力」の強い子を育てる

人生に正解がないように、子育てにも正解がないのでしょう。

でも、親がどのように育てたいかは影響し、親の生き方も大きな影響となるでしょう。

人間は環境の生き物であるということを聞いたことがあります。

オオカミに育てられた子の話を聞いたことがあるかもしれませんが、育てられる環境が子どもの未来を決めるのは明らかです。

では、子育ての間違いはあるのでしょうか。

これも少なからずあるのかもしれません。ないとは言い切れません。

でもそれは、結果を見て判断されることで、育児の間はわかりにくいものです。

でも、人は環境の生き物ですから、悪い影響を受けるということも事実です。

ネグレクトという言葉があります。

愛のない育児は、虐待や育児放棄などに繋がり、子どもの心に影響することでしょう。

最近のさまざまな事件では、このネグレクトが影響したケースも多いように思います。

正解はありませんが、不正解もない。

でも、正解も不正解も、それなりに影響するということから考えれば、親として何かできることはあるということを強く感じます。

こどもの可能性

人は環境の生き物であり、環境によって変わるということは、その可能性は無限といえるでしょう。

そう思えない人もいるでしょう。

でもそれは無意識に、何かモデルを描いていたり、誰かに当てはめようとしているのかもしれません。

成功者、裕福、幸せ・・・

それが何であるのかは人それぞれで異なり、それが親と子であっても感じ方は異なります。

他人のことが気になる人、世間の標準や水準を気にしてしまう人、比較をしている人にとっては、どうしても何らかのギャップが生まれ、それに悩まされます。

相対値で物事を考えると、誰かよりも頭がいいとか悪いとか、誰よりもできるとかできないといった差ばかりが気になります。

でも、社会に出てしまえば、そんな差は全く意味がありませんし、学歴もほとんど意味をなしません。

相対値ではなく、絶対値でしか生き残っていけません。

むしろその学歴や親の期待が子どもの足を引っ張っているということを感じることも多くあります。

親から見て子どもは他人ですが、どうしても自己投影をしてしまいがちです。

こうあってほしいという願望や理想、平均や常識との差が気になって、こどもの可能性を奪ってしまうのでしょう。

可能性は無限大です。

それは、良くなる可能性も、悪くなる可能性も、あらゆる可能性が無限大です。

その可能性は本人自身が作り上げることしかできず、親はそれを見守る(見て、守る)ことをする以外に方法はないと思います。

生きるチカラさえあれば、何でもできる

生きるチカラというのは定義がとても難しいですが、きっと自分ならできると思えるかどうかだと思います。

勘違いであっても、それを想い続けて生きている人は、幸せではないでしょうか。

自己肯定感という自分を肯定する(認める)チカラが最も大切で、その上で自己効力感が出てくるのだと思います。

自己肯定感は自分を信じるチカラで、自己効力感はその肯定感の上で達成できると確信するチカラです。

私には学歴もなく、親の七光りもなく、資格や免許もほとんどなく、18歳から起業して25年が経ちますが、振り返れば、勘違いの日々だったように思います。

そして今も、勘違いの真っ最中なのでしょう。

自身が2人の子育てをしながら、そんな自分の生き方の話を友人にしていたところ、1冊の本を紹介してもらいました。

まさに私が幼児期に体験したことそのもので、子どもの頃は夢中になっていた記憶しかありません。

高校を卒業してから、人が歩かないような道ばかりを選んで歩いてきた結果、「なんとかなる」という根拠がないが揺るがない基盤が出来上がったように思います。

この「なんとかなる」は、他人任せの意味ではなく「自分なら、なんとかなる」という意味です。

社会は「どうにもならない」無力感が漂っている感じもします。

こんな社会に子どもを残していっていいのか?

大人でも不安になる未来ですから、そう思うことは誰もが一度はあると思います。

そんなサバイバルな現代や未来で生きぬいて行くために、自分の子にも「なんとかなる」とさえ思えるようになればと思っていました。

どんな時代でも、「なんとかなる」さえあれば、生きぬいていけるのではないかと思います。

子どもの生きるチカラを育てるには?

そんな疑問に、この本がいろいろなヒントをくれました。

子育てののことが書かれていますが、子どもと大人の境目なんてありません。

もちろん、大人にも大切なことばかりですし、いつでも遅いということはないように思います。

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